「好き」という感情との距離。

「好き」だからと近付きすぎれば見失う。
「好き」だからとのめりこむと「好き」であることが手段ではなく、目的になる。

自然に慎重に、「好き」の対象が有機物であろうとも無機的な概念であろうとも
距離感をはかることは必要だと思う今日この頃。

例えるならいくら好きでも毎日バリバリ働くようなことはずっとはできないってこと。

距離感を大事にすれば長く「好き」を楽しめるんではなかろうかと。

微妙な気分になる時。

「従業員を大切にします!」と宣言しているところのホームページを見たら、休日に更新履歴があった時。

休ませてないじゃん。

地方のレベル。

こんにちは、kouです。

地方と中央、こんな乱暴な分け方を自分でも許容してしまう位、
たまーに中央がまぶしく見えたりします。

中央のいいところしか見えてないですけどね。

多分ね、同じクオリティの成果物を上げても「中央」で作ったか、「地元」で作ったか、
この「たった」「それだけの」「評価基準とも思えない」そんな理由で見る目が変わってたりしてるんだろーなーって。

「中央出身」の成果物には無批判。
「地方出身」の成果物には粗探し。

そんな気がする。

きっとクリエイティブの成果物のレベルを上げるためには、受注者が技術を身に付けるだけじゃ足りない。発注者、元請けが成果物を評価するだけの目を鍛えなければいけないはず。

「なにがいいか」

が分からなければいいものなんて出てくるはずがない。
そしてそれが分かれば無批判に中央の成果物を受け入れることもないはず。

セカンドライフを始めとする中央の残滓をまるで黄金を扱うように崇め奉ることもきっとなくなるはず。

面白い仕事を地方で増やしたい、増やして欲しいと思う。

それは私の努力だけじゃ足りねっす。
これも発注者からすれば甘えなのかもしれないけどね。

専門家の歯切れの悪さは誠実の証じゃないかな。【勇気を出すのは貴方の役目】

こんにちは、kouです。

携帯電話のメモリーを整理していたら結構少なくなってびっくり&すっきり。
人間関係もたまには見直さなくちゃいけないなーと思ったり。

私が公私に渡って付き合う人の中には、世間一般で言うところの「専門家」が少なからずいます。

その人たちと酒を片手にグダグダと話してた時のこと。

ま、日頃の仕事の愚痴やらなんやらをこぼしながら近況報告してた時に、「専門家としての誠実さ」という話題になったんですよね。

参加していた一人曰く、

「長く一つのことを専門にしてたらある事象について【白黒分けられないこと】が分かる」

と。分野に限らず大抵の事は100%なんてことないのだと。
そんなに簡単に白黒分けられたら誰も困りやしないよと。

だから肯定も否定も専門家は「条件付で」行うのだと。

白に近い灰色なのか、黒に近い灰色なのか、おそらく専門家が判断できる領域はそこまでで、完璧な白と黒なんて「ほぼ」存在しないのだと。

だから「嘘を言わない」という「誠実さ」を守るために、歯切れの悪い肯定や否定の言い方になると。

聞いてた私たち、納得の後、ためいき。

何故かって?その「誠実さ」が通じることってほとんどないって分かってるから。

私の含めて、「断言」を好む人が世間には相当数いるんだなーって感じることが多々あります。
「絶対に」儲かる方法であったり、「確度の高い(要約90%以上)」事業であったり、そんな「不誠実」な断言がビジネスにおいても飛び交っていますから。

「条件付」の誠実な提案は、「歯切れの悪いマイナス思考」と捉えられがちですし、その「条件」だって時間が経てば完璧に忘れ去られた挙句、結果のみしか目に入りませんから。

でも、思うわけですよ。

それって「決断する責任どころか、決断する勇気まで肩代わりしてもらってる」んじゃない?ってね。

ビジネスにおいて専門家に話を聞かなければいけない場面は多々ありやして、そして「条件付」の不確定な要素に事業を展開する場合、リターンとリスクを天秤にかけて決断するのは経営者でしょうと。

その決断する勇気を自分で出そうともせずに、専門家に「断言」させることで、「専門家が言ったから」と決断の責任を逃れようとするんですよね。ちょっと待てと。

それは貴方(経営者)の役目だ。

その役目を果たすという条件下の元でなら、専門家はどこまでも「誠実に」あって欲しいし、私もありたいと思ったり。「勇気」を出してくれる相手なら、こっちだって出来る範囲で「誠実に」提案するから。

うーん、それでも松山で広告を打つ時に「売上保証しろ!」ってのたまう人間がいるって話を聞いちゃうと、難しいのかなーうへ。

「断言」は聞いてて気持ちいいし、安心するけど実際はそれじゃいけないと。
「条件付の歯切れの悪い言葉」を受け止める器量が必要だと思ったり。

これは松山だけの現象なのかしらん。

こんにちは、kouです。

GW最終日だからといって特別何かをするわけではなく、テコテコとスタイルシートをもてあそんでニヤニヤしております。楽しいなぁ、タグいじり。

んでもって明日から再開する仕事のことを考えてたんですけどね。
うー、休みで頭を使ってなかったから再起動しなくちゃならねってことでリブート中。。。

これは他の地方がどうなのか分からないので、一般論にはならないんですけど、
松山って地方都市に関して言えば、

むちゃくちゃパクり(かぶり)が多くないかい

と。

これ単純に企画力不足かもしれないんですけど、松山のタウン情報系媒体(雑誌・テレビ・ラジオ)の企画がどれも似通ってるんですよね。

下手しなくても、同じ月の企画内容が全部かぶってしまってることも珍しくなかったり。
すごいよー?どれ見ても同じことやってるという不思議。

んで考えました、私。

これって結局、

「広告取れる内容が地方では限られてる」

からなんだろーなーと。

金になるコンテンツがメディア側からしてみれば一部しか見当たらないから、どうしてもそれ以外のものは取り上げることができないんだろーなーと。

でもさ、でもですよ、その「金になるコンテンツ」とやらがいつまでも「金になる」わけないですよね?
こんな広告の乱獲してたら、コンテンツ自体が内容的にも広告費的にも疲労してなくなるのは容易に想像できるのですが。

松山のメディアが「編集方針」という名の媒体特色をかなぐり捨てて、「広告至上主義」になったのは別に今に始まった話じゃないですが、今になってその弊害が出まくってる気がするのよね。

「あのメディアに掲載されているから信用できる」

というブランドなんて、雑誌でいうところの記事と広告の区別がつかないような状態になったことで崩れさっていますもん。この10年近くの地方メディアはそのブランドを切り売りしてやりくりしてきたと思うのですよ。

タコが自分の足を喰らうかの如く、自分達のブランドを叩き売りしてきた結果、どの情報も「あー金払ったから載ったんだな」位の感覚でしか見られなくなりつつあるんですが。

というわけで地方メディア対する受け手の信用がすっごくなくなってる気がしやす。

これってメディアとしては致命傷になるんじゃないでしょーか。

松山では、雪崩を打つかのようにメディアブランドが暴落しているように感じます。
これって松山だけの現象なのかしらん。

場当たり的な満足感が大事にされる地方。

こんにちは、kouです。

GW…自転車で大型商業施設にいったり、自転車で海にいったり、自転車で隣の市まで出かけたりと自転車まみれな過ごし方をしております(*´∀`*)

誰かと過ごしたいなと思ったりしますが、自転車の魅力に比べると…どうだろう( ´・ω・)

そんな自転車が楽しく乗れる松山でございますが、ビジネスにおいては過ごしにくいのなんの。

んー別に松山に限った話ではないと思うのですが、体感的には政治力が第一、地縁が第二ときて、企画力や制作力は第第第10くらいの位置づけなんですよね。

うへ。

そんな環境ですから、凄まじい話が聞けちゃったり。

例えば「印刷物の紙やインク代といった原価代しか払わない経営者」とかね。
デザイナーとかが作った成果には価値なしっすかΣ゚ ゚( д ;)

昭和の経営者が全てそうではありませんが、まだまだ「クリエイティブに金銭価値を見出す」という考え方がまだまだ松山においては定着していない気がします。

あっても使い捨てかダンピングの対象だったりするのがもう…orz

んでもって地方のクリエイティブが創る制作物のレベルが、東京などの都市圏に比べてレベルが低いとはよく言われますが、私個人の見方としては、トップクラスを除けば、そんなにレベル差があるとは思えないんですよね。

むしろ、ネットが出てきたお陰で、情報格差なんてないも同然ですし。

でもクリエイティブの成果物のレベルは、むちゃくちゃ違うと。

なんでだろう?

それは、「自分の言うとおりに仕上げなければ満足しない経営者」が地方にはびこっているから。
この手の経営者は、成果を上げることよりも、「自分の意向」を聞いてもらうことが第一で、どれだけクリエイティブが客観的指標やコンセプトを持って提案しても、「自分の意向」に合わせなければ気がすまないわけで。

んでもって一つの仕事あたりの単価が安い地方では、とにかく現金化するために、場当たり的に「経営者の意向」を満足させてさっさと手離れしようとするんですよね。

その結果生まれるのが、増改築に改築を重ねたような、わけのわからんヘンテコな成果物というわけ。

もちろんそんなものじゃ、期待しているような効果なんざ生まれませんわな。
それでもって「地方はクリエイティブのレベルが低い、やっぱり東京でないと」とか言われるわけですからたまりませんって。

クリエイティブは技量だけじゃ成り立たねっす。
周りの環境がその技量価値を認めてビジネスにしなくちゃ、金になりませんもん。
人材やビジネスを育てるのは企業思想であって、思想が昔の価値観のまんまじゃ育ちませんぜと。