【安さ】は評価にならない。

こんにちは、kouです。

最近気づいたことを一つ。

サービスで安くしてあげても、それに恩義を感じる人間はいない。
正確に言えば、「安くしてもらったこと」など財布を開いた瞬間以外は忘却の彼方であること。

安くしたことはすぐに忘れるくせに、品質だけはいつまでも覚えてるのがお客様なんだなと。

もっと言うのであれば、「安く!安く!」と言う人間に限って、品質面でしょうもない注文をつけてくるなと。

適切なサービス対価を考えてる人は、品質面において「何が大事」なのかを正確に把握している気がします。

「安く」して喜ばれるのは、「その場」だけ。

「安くした」ことなんてその日のうちに忘れます。

「安さ」はサービス評価にはなりえません。

そんなことを思った知り合いの仕事の最中。

私が吐くほど嫌な言葉。

こんにちは、kouです。

死亡フラグをたてつつも、なんとかかんとか乗り切ってます。
というか、自分の力ではなく、周りに助けられてなんとか「乗り切らせて」もらってマス。

さて今日は、私の「嫌いな言葉」について。

義理、人情、仁義

この言葉が私は嫌いです。

それは何故かって?

この言葉は「行動で示すもの」で「言葉にするもの」じゃないから。

私は、ビジネスにおいても人間関係においても、二言目には「義理、人情、仁義」という言葉を吐く人間を基本的に信用しないことにしています。
この言葉を安っぽく使う人間は、「義理、人情、仁義」の名を借りて往々にして、横暴な要求をしてくるからです。
そしてその横暴な要求を呑むことが、「義理、人情、仁義」だと言ってはばからない。

本当にそれが「義理、人情、仁義」なのか?

違うでしょう。

親しき仲にも礼儀あり、いわんやビジネスにおいては。

真の意味で「義理、人情、仁義」のない人間関係やビジネスは乾きすぎて辛いですが、「義理、人情、仁義」を曲解した関係はそれ以上に辛い。

私は見た。これからも見ると思う。

「義理、人情、仁義」の名の下に行われる理不尽を。

死亡フラグ。

怒涛のように死亡フラグが立ちまくりです。
こんにちは、kouです。

私、このプロジェクトが終わったら温泉旅行に行くんだ。。。

一人でなっ。・゚・(ノД`)・゚・。