我慢、雌伏の時期。

今は我慢の時期だと自分に言い聞かせる。

ただ、思う。

我慢出来るのは、「先に歩む意志」があるから。
その意志を折られると私はどうしようもなく弱い。

状況を改善する策はたくさんあった。
そして策を実行する時間もたくさんあった。

しかし今は策もそれを講じる時間もない。

その原因は分かってる。
しかし「それ」を排除することは事実上不可能ということも分かってる。

だから我慢する、雌伏する。

いつかくる、この状況を改善できるチャンスを逃さないように。

その原因を排除できるチャンスをただひたすらに待つ。

諦めなどするものか。

泣いてみた。

泣いてみた。ひとしきり自分の不安を好きにさせて、泣いてみた。

何も状況は変わってない、当たり前だ、私は目から水を垂れ流しただけなのだから。

ただ収穫が一つ。

泣いている私は「醜い、みっともない、情けない」ということを改めて知ることが出来た。

泣くのはよそう。こりゃ、一人でもいやだし、ましてや人前でなんか、ありえない。

空回り。

どうにも今の自分に効率の悪さを感じる。

発展のため、維持のため、撤退戦のため、少しでも傷を浅くするため、どれにも自分のリソースを裂いた挙句、どれも進展していない気がする。

まさに空回り。

未来の自分が今の自分を肯定できるのだろうか。

未来の自分に対して誇れるだけのことをしているだろうか。

「どうにもならないこと」に頑張る力を「どうにかなる自分」に使うべきだったのか。

思考は迷走。

結果という対価を求めて、求めて、得られなかった未来を想像して足を止める、本末転倒。

不安をかき消すように仕事、仕事。
そして仕事で不安をまた作る悪循環。

ただ「もう手遅れ」という言葉はまだ吐かない。

あぁ、分かった、こんなエントリ書く理由。

誰にも聞かれたくないことを誰かに聞いて欲しいから書くんだ。

チラ裏に書いたらいいことをエントリにする理由はきっとそう。

今持ってる不安に対して「大丈夫」と言って欲しいのだ。

弱音が吐けないから弱音を吐きたいんだ。

もう少し強いつもりでいたんだけどなぁ。。。

どれだけ心を強く持てばいい?

無知を恥じるくせに「知らなければよかった」という私。

信頼を求めるくせに隣人の本心が怖い私。

『知る』ことからひたすら逃げる私。

「どうしようもないこと」を「どうにかしたい」とつくづく思う。

『知る』ことによって、「最悪よりは少しマシ」位の決断はできると信じたい。

「どうしようもない」ことの繰り返しの中で、どれだけ心を強く持てばいい?

少し、疲れた。