答え(結果)だけを求めて、過程をおろそかにする人々。

こんにちは、久しぶりです、更新頻度が落ちがちです、kouです。

この前、ちょっとしんどいことがあったのでそのことについて。

我が愚弟は理系の大学に通いながらにして、パソコンが使えないというなんとも不思議な奴でして、まぁ、あれです。パソコンの質問をしてきたわけですよ、しかも電話で。

この時点で私の脳内警報は鳴り捲りですよ。

だってこの手のパソコン相談を受けた時って大抵の場合、

1.なんか変な表示が出た

2.だからどうしたらいいか教えて

のコンボが発動しますもん。んで案の定、「何か調子悪いんだけどどうしたらいい?」って聞いてきやがりました。

だ〜か〜ら、「何の表示」が「どういった作業をして」、「現在はどうなのか」とかの情報がなければ、何も分からないんですって。

それを「何かよく分からないけどどうしたらいい?」なんて聞かれても私も分かりませんよって。

電話で画面も見れない状態で、「なんちゃら」とか「調子わるい」とか・・状況なんざ全く飲み込めないのに何をしろと言うんだ、全く。

そして逐一状況をこちらで確認しようとしたら、大抵この手の人間は言うんですね。

「面倒くさいからとにかく答えをちょうだい」

ってね。もうあれです、殺意が沸きますね。この瞬間。

「何とかして欲しいのにあれこれ質問ばっかして意地悪する」

これも知人に言われて頭に来た一言。

そして答えを教えてもまた同じところでつまづくから、こっちは萎えますもん。

教育って大事だなってオモイマスヨ。
自分で思考しない人間、新しいことを学ぼうとしない人間って結局問題集の答えだけ写して計算過程を書かずに0点を取る阿呆と違いません。

自己への戒めとして、答えに至る「過程」を大事にしようと思う今日この頃でした。

そろそろコミュニケーションの負の部分を見てもいいんじゃないかな。

愛媛の某企業でこんな求人募集を見かけた。

「コミュニケーション能力が高い人材がそろっているので人間関係で困ることはありません。(要約)」

それはすごい(棒読み)

…これはいっつも思うんだけどさ。

「コミュニケーションそのものが負担に感じる」

人がいるってことが完璧に抜け落ちてるよね。

あ、そういう人材は要らない?左様ですか。

干渉されたくない人はたくさんいるわけで。
コミュニケーションを優先したせいで生産性が落ちてたら意味ないでしょってね。

コミュニケーション能力をもてはやす傾向はある種しょうがないとは思いますが、その負の部分を経営側が斟酌してあげないと、あっという間に社員は潰れてしまいますぜと。

私が前居た職場は体育会系の「コミュニケーション能力に自信がある」人たちばっかだったので正直ついていけませんでした。

飲みやカラオケに強制参加させることのどこがコミュニケーション能力なんだと。

まさかと思うが、

コミュニケーション能力が高い=明るい

なんて短絡的な考え方してないだろうな、冒頭の企業さん。

コミュニケーションって言葉は便利すぎて怖いです。

ちょいと小噺。

とある企業の管理職が部下に言いました。

「現状を打破する、画期的なアイディアを出してください」

画期的なモンがそう簡単に出るかよとぼやきながらも社員はアイディアを考えて会議に提出しました。

管理職はそれを見て、

「う〜ん、どっかで見たことのあるものばかりだなぁ」

うっせいやい、と部下の声が聞こえてきそうです。

とまだ初々しさの残る新入社員が鼻息荒く企画を提出してきました。

「私はこの企画に自信があります!」

ほう。興味を惹かれた先輩諸氏。
しかし冷水を浴びせるような管理職の声。

「それに前例はあるのかね?」

新入社員はこう返しました。

「独自の考えでまだ前例はなく、競合も気づいていません。やるなら今です!」

「…でも前例がないものに投資は出来ん」

画期的で斬新なものに前例があってたまるかよとグチる新入社員でした。




…私のところじゃないぞ、一応w