専門家の歯切れの悪さは誠実の証じゃないかな。【勇気を出すのは貴方の役目】

こんにちは、kouです。

携帯電話のメモリーを整理していたら結構少なくなってびっくり&すっきり。
人間関係もたまには見直さなくちゃいけないなーと思ったり。

私が公私に渡って付き合う人の中には、世間一般で言うところの「専門家」が少なからずいます。

その人たちと酒を片手にグダグダと話してた時のこと。

ま、日頃の仕事の愚痴やらなんやらをこぼしながら近況報告してた時に、「専門家としての誠実さ」という話題になったんですよね。

参加していた一人曰く、

「長く一つのことを専門にしてたらある事象について【白黒分けられないこと】が分かる」

と。分野に限らず大抵の事は100%なんてことないのだと。
そんなに簡単に白黒分けられたら誰も困りやしないよと。

だから肯定も否定も専門家は「条件付で」行うのだと。

白に近い灰色なのか、黒に近い灰色なのか、おそらく専門家が判断できる領域はそこまでで、完璧な白と黒なんて「ほぼ」存在しないのだと。

だから「嘘を言わない」という「誠実さ」を守るために、歯切れの悪い肯定や否定の言い方になると。

聞いてた私たち、納得の後、ためいき。

何故かって?その「誠実さ」が通じることってほとんどないって分かってるから。

私の含めて、「断言」を好む人が世間には相当数いるんだなーって感じることが多々あります。
「絶対に」儲かる方法であったり、「確度の高い(要約90%以上)」事業であったり、そんな「不誠実」な断言がビジネスにおいても飛び交っていますから。

「条件付」の誠実な提案は、「歯切れの悪いマイナス思考」と捉えられがちですし、その「条件」だって時間が経てば完璧に忘れ去られた挙句、結果のみしか目に入りませんから。

でも、思うわけですよ。

それって「決断する責任どころか、決断する勇気まで肩代わりしてもらってる」んじゃない?ってね。

ビジネスにおいて専門家に話を聞かなければいけない場面は多々ありやして、そして「条件付」の不確定な要素に事業を展開する場合、リターンとリスクを天秤にかけて決断するのは経営者でしょうと。

その決断する勇気を自分で出そうともせずに、専門家に「断言」させることで、「専門家が言ったから」と決断の責任を逃れようとするんですよね。ちょっと待てと。

それは貴方(経営者)の役目だ。

その役目を果たすという条件下の元でなら、専門家はどこまでも「誠実に」あって欲しいし、私もありたいと思ったり。「勇気」を出してくれる相手なら、こっちだって出来る範囲で「誠実に」提案するから。

うーん、それでも松山で広告を打つ時に「売上保証しろ!」ってのたまう人間がいるって話を聞いちゃうと、難しいのかなーうへ。

「断言」は聞いてて気持ちいいし、安心するけど実際はそれじゃいけないと。
「条件付の歯切れの悪い言葉」を受け止める器量が必要だと思ったり。

否定はしないけどね。肯定したくないんですよ。

こんにちは、kouです。

後輩から借りたPCゲーが面白くてたまりません。
時間を見たらもう午前2時…わたしゃいい年なのになにやってんだ。。。orz

仕事柄?色々な話を聞くんですけど、最近なんかやたら「ポジティブ教」が流行ってる気がする。
集団の代表とかが熱く「前向き!前向き!」って言ってるのをポケーっと聞いてるんですが、
あーなんだろ、これ。あーそうだ、あれと一緒なんだ。

マルチ集団のメンタリティ

と。

マルチ連中に何故か誘われまくったせいで見えてきたんですけど、あいつら、

ポジティブな言葉以外はネガティブ扱い

なんですよね。
すげー、何この極端すぎる二元論。
世界ってこんなに簡単に割り切れるならつまらんと思いますが。。。

こんなに簡単に思考停止しちゃうんだ、すごいねー(棒読み

現状分析も対策も全てネガティブ扱いだから、集団の空気が「圧迫されたポジティブ」になってるんですよね。誰も何もいえない。

集団のトップが「やらなきゃわからない」とか「やる前からそんなネガティブなこと言うな」とか言い出したら逃げ出す準備した方がいいと思いやす。

集団のトップって大局的な視点で「戦略」を練らなきゃいけないのに、なに局地戦レベルの精神論で戦略立案能力の不足をおぎないますか。

全員がそうだとは思わないですが、いきなり「ポジティブ教」になる人間は思考停止してる可能性を考えた方がいいかもしれませんなー

ポジティブっていう概念、私否定はしませんけど、積極的には肯定したくないんです。
ポジティブという名の思考停止を結構見てきたんで。

最低限の知識。〜発注者リスクって発想がないんかな〜

こんにちは、ちょっとだけ立てコミ気味のkouです。

最近少し思うことがありやして、

「発注者リスク」

ということを書こうかと。

この逆の言葉「受注者リスク」だと結構事例もいっぱいあって、私の場合だと例えば利益の出ない案件をやらざるを得なかったり、納期ががけっぷちからダイブした後でもはや落ち方しか考えられないほど追い詰められてたり、とかプロジェクト単位で「受注者リスク」を考えてるんですよね。

でもね、

「発注者リスク」

ってのを考えてる担当者とは、片手で数える位しか見たことないっす。

「受注者リスク」が作業者のリスクとするなら、「発注者リスク」ってのはビジネスチャンスそのものを逃すとか、計画倒れでデスマーチになった挙句コストが暴騰したりだとか、望んだ効果が成果物に現れなかったりだとか、結構企業としてはクリティカルな問題につながる概念だと思うんですよね。

でも考えてない。

自分がいい加減な発注をかけたことの責任をとろうとしない。

二言目には「取引先(受注先ね)のミス」って言う人の多いこと、多いこと。

そしてそれが当たり前のように受け入れられている異常。

真剣になってよと。あなたがいい加減な発注をすることで、あなたのビジネスがすっごくピンチになる可能性があるんですよって。やばいよ、危険だよ、頑張らなきゃ。

その動機が「保身」でもいいさ、もっと発注者としての責任と真剣さを持っておくれよと。
いい加減なことしてたら、あなたの立場がやばいよって。

発注の知識がないから分からない?
勉強しろ。

プロに丸投げでどうにかなるでしょ?
あなたは自分の本業に関わることも丸投げっすか。

発注者には、最低限の責務と知識と真剣さが必要。
その条件を満たすだけで限りなく「発注者リスク」を軽減することが出来るもの。

私の場合、おもろい仕事ができる時って大抵の場合、「発注者がリスクを背負って真剣に案件に取り組んでくれる時」っす。

しんどい仕事が世の中に蔓延してるのは、案外「受注者リスク」だけしか見えない社会にあるのかもね。

とりあえず2007年広告業界印象。

新年あけましておめでとうございます。こんにちは、kouです。今年はアウトプット重視でいこうかと考えておりますので少しだけ更新ピッチを上げようかと。

さて今日のお題は2007年松山の広告業界について。

適当極まりないまとめをしようと思います。
というわけで、2007年松山の広告業界を示す言葉は、

『乱立』

ではないでしょうか。

2007年の広告を見るに、従来の媒体での広告収入が頭打ちになった印象を受けます。
それは地方出版社による新しい媒体の乱発や、今更のように乱立する中小企業が作る地方ポータルサイトを見てると尚更ですね。

だからといって、新しい広告フロンティアをインターネットにするにはノウハウも何よりインターネット広告を生かせるだけのクオリティの高いホームページそのものが少ない状況では見込みが少ないと思われます。

去年一年を省みるに、広告の価値を上げるのは当たり前のようですがコンテンツの内容を充実させるしかないんですよね。でもコンテンツ内容の充実なんてすぐに効果が出ないものだから、どうしても後回し後回しになってしまうし、何より水物だから一定のクオリティを保ち続けることすら出来るかどうかわからないというあれで。

コンテンツで勝負してかつそれを長期間続けるのは難しいっすね。。。
私がビジネスを行うにしても、コンテンツだけで勝負するなら短期間逃げ切り型にするだろうなーうへ。

2008年も楽しくなりそうだなーふむ。
新しい媒体を見るのは好きだし、どんどんやって欲しいと思ったり。

知的行動に耐えうる体力を身につけるために。

朝の散歩で健康維持!3日坊主にならないように頑張ります。
こんにちは、kouです。

最近ちょこちょこ近所の子供相手に家庭教師もどきのことをはじめたんですが、「勉強」というものは、その教科書にパッケージされた知識を仕入れるのも一つの目的ですが、その裏にはもう一つ目的があるんじゃないかと思い始めました。

それは…

『知的行動に必要な体力を身につけること』

かと。

物事を学ぶという行動には、時間もそうですが「集中力」がとても重要になってきます。

スポーツにおいて試合で十分なパフォーマンスを出すために、基礎訓練をこなし、「技を習得するにたる体力を身につけた」上で応用や発展系の練習を行いますよね。

それと同様に「知的行動」においてもまた、長時間の知的行動に耐えうる基礎体力が必要なのかなと。

その基礎体力を日本では義務教育で9年、大学まで含めば16年もかけて養うことを求められます。

その基礎体力が、ビジネスにおいて大きな役割を果たすことは言うまでもありません。

ビジネスとは、自分の全能力を振り絞って闘う総力戦なのですから。

若い頃の経験や知識、学びに対する姿勢が一生を決める、とは先人はいいことを言いました。

学歴で人を判断することは出来ませんが、「どれだけ基礎訓練をしてきたか」は判断することが出来ます。

中卒や高校中退では、日本社会において「知的行動に対する基礎体力」が足りないと判断されても仕方がないというマイナス評価がついてまわります。実際がどうかとかを見極める前に。

そんなことを考えながら、てこてこ数学を教えるのでした。

この子が志望校に受かればいいなぁ。