劇団花火【ツメタイヒカリ】を見てきました。
はい、風邪を引いた挙句仕事がいっぱい。
鼻ん中の毛細血管も弱ってるらしく、鼻血だらだ〜ら。
朝起きたら血染めの枕って、どんなホラー?
調子だけなら本年最悪♪こんにちは、kouです。
さて今日は先週末に見た劇団花火のプレ公演【ツメタイヒカリ】のレビューをば。
総評として、
「ランニング30分強という時間分の価値はあるがそれ以上でもそれ以下でもない」
といった所です。
入場料は無料ということもあり、時間分は楽しめたのですがこれで料金が発生していたら多分全然違った評価になると思います。
脚本・演出を手がけられる湯川氏の特徴である「現実における事象を下敷きに構築する物語展開」は素直に楽しめたのですが、それを役者が生かしきれていない印象を受けたのよね。
「蛍が光るメカニズム」を人物投影させて展開する物語で様々な背景が登場人物に与えられていたのですが、役者の人物の掘り下げが浅いせいか、どの人物もその場その場で感情を吐露するだけの人形に見えてしまって少し萎えました。
そして難病をわずらっているという設定の女性役の方が舞台袖にはける時、かなり早いタイミングで「素」に戻ってたのが残念なトコロ。せめて舞台上では登場人物に徹して欲しかったです。やはり観客にとって、舞台裏的な「役者の素」が見えることほど醒めるものはありませんから。
それでも次回に期待できるだけの楽しみは得ることが出来たので概ね満足っす。お金という価値に見合うだけの表現を期待しております。
ここからは、観客席で感じたことをつらつらと。
鼻ん中の毛細血管も弱ってるらしく、鼻血だらだ〜ら。
朝起きたら血染めの枕って、どんなホラー?
調子だけなら本年最悪♪こんにちは、kouです。
さて今日は先週末に見た劇団花火のプレ公演【ツメタイヒカリ】のレビューをば。
総評として、
「ランニング30分強という時間分の価値はあるがそれ以上でもそれ以下でもない」
といった所です。
入場料は無料ということもあり、時間分は楽しめたのですがこれで料金が発生していたら多分全然違った評価になると思います。
脚本・演出を手がけられる湯川氏の特徴である「現実における事象を下敷きに構築する物語展開」は素直に楽しめたのですが、それを役者が生かしきれていない印象を受けたのよね。
「蛍が光るメカニズム」を人物投影させて展開する物語で様々な背景が登場人物に与えられていたのですが、役者の人物の掘り下げが浅いせいか、どの人物もその場その場で感情を吐露するだけの人形に見えてしまって少し萎えました。
そして難病をわずらっているという設定の女性役の方が舞台袖にはける時、かなり早いタイミングで「素」に戻ってたのが残念なトコロ。せめて舞台上では登場人物に徹して欲しかったです。やはり観客にとって、舞台裏的な「役者の素」が見えることほど醒めるものはありませんから。
それでも次回に期待できるだけの楽しみは得ることが出来たので概ね満足っす。お金という価値に見合うだけの表現を期待しております。
ここからは、観客席で感じたことをつらつらと。
演劇関係者であると同時に社会人でしょ。〜よくあるアマチュア演劇の話その2〜
はい、続きです、続きですってば。
この手の「ヤリ捨て」はよく伺います。
額が少ないこともあって当事者も犬に噛まれた位に考えて笑っておられましたがマズイよなぁ…どう考えたって。
正直そんな話を伺う度に「補助金打ち切っちゃえYO、YOU」なんて思うわけで。
だって外部に対してそんなことしてるところがちゃんと会計してるなんて信じられませんから。
こんな制作がまかり通る現状で演劇関係者が「文化を育てる公共ホールが欲しい」なんて言っても笑うしか出来ませんぜ、ダンナ。
学生はもっと酷いらしいのでここでは触れませんがね。
社会人として当然のことをこなすだけでも文化は今とは全然違う受け入れられ方すると思うよ?
豪放磊落にいい加減な人間=表現者って思ってないかい?
観客に対してマナーがどうこう言う前にすることがあると思うのですがどうでしょう?
後愛媛の演劇でやって欲しいことが二つ。
メルマガやウェブ予約のシステムを作って欲しいってこと。
アンケートに個人情報を書きまくらないと次回公演の情報を教えてくれないってのは私のような人間には辛すぎるんで。
無料のメルマガシステムなんざ、いくらでも転がってるんだから…ね?
どうでしょ?メルマガ?劇団員とかの情報が定期的に届くなら速攻登録しちゃうよ?
それに追加でウェブ予約を是非実装して下さい、いやこれは本気で。
予約用のcgiだってvectorや窓の杜に行きゃある程度揃ってるんだから作って欲しいのよ。これだけでウェブ関連の集客は劇的に変わるよ、きっと。
この手の「ヤリ捨て」はよく伺います。
額が少ないこともあって当事者も犬に噛まれた位に考えて笑っておられましたがマズイよなぁ…どう考えたって。
正直そんな話を伺う度に「補助金打ち切っちゃえYO、YOU」なんて思うわけで。
だって外部に対してそんなことしてるところがちゃんと会計してるなんて信じられませんから。
こんな制作がまかり通る現状で演劇関係者が「文化を育てる公共ホールが欲しい」なんて言っても笑うしか出来ませんぜ、ダンナ。
学生はもっと酷いらしいのでここでは触れませんがね。
社会人として当然のことをこなすだけでも文化は今とは全然違う受け入れられ方すると思うよ?
豪放磊落にいい加減な人間=表現者って思ってないかい?
観客に対してマナーがどうこう言う前にすることがあると思うのですがどうでしょう?
後愛媛の演劇でやって欲しいことが二つ。
メルマガやウェブ予約のシステムを作って欲しいってこと。
アンケートに個人情報を書きまくらないと次回公演の情報を教えてくれないってのは私のような人間には辛すぎるんで。
無料のメルマガシステムなんざ、いくらでも転がってるんだから…ね?
どうでしょ?メルマガ?劇団員とかの情報が定期的に届くなら速攻登録しちゃうよ?
それに追加でウェブ予約を是非実装して下さい、いやこれは本気で。
予約用のcgiだってvectorや窓の杜に行きゃある程度揃ってるんだから作って欲しいのよ。これだけでウェブ関連の集客は劇的に変わるよ、きっと。
演劇関係者であると同時に社会人でしょ。〜よくあるアマチュア演劇の話その1〜
電話越しに泣かれても困ります、好きなアイドル限定品が手に入らなかったからって泣けるキミが大好きです。でも困ります。
あれって無料でしょ?と言いながらファイル交換ソフトの説明を欲しがる知り合いを鈍器でどきつまわしたろかと考えてます、こんにちは、kouです。
さて今日のお題は表現者の社会性の質について。
ちなみに特定を避けるためにぼかしてあります。
どことは具体的には言いませんが松山市内にあるとある劇団の制作のやりかたに疑問を持ったのです。いや大なり小なり似たような出来事はあったのでこれが松山のデフォルトなのかなと。
端的に言うと社会人としてどうなんだ?ってことです。
知り合いのお店をたまにお手伝いする関係でその辺りの話を伺ったり、その場に立ち会ったりする機会があるのですが、酷いですよ、実際。
スポンサーになってくれた所に公演終了の挨拶がないのは序の口、公演終了後にチラシの回収はしない、ポスターも回収しない、招待券をもらったはいいが実際に伺うと席がないと言われ入場出来なかった等など。
貰うもん貰ったら後は用無しデスカ、ソウデスカ。
次回に続くよ。
あれって無料でしょ?と言いながらファイル交換ソフトの説明を欲しがる知り合いを鈍器でどきつまわしたろかと考えてます、こんにちは、kouです。
さて今日のお題は表現者の社会性の質について。
ちなみに特定を避けるためにぼかしてあります。
どことは具体的には言いませんが松山市内にあるとある劇団の制作のやりかたに疑問を持ったのです。いや大なり小なり似たような出来事はあったのでこれが松山のデフォルトなのかなと。
端的に言うと社会人としてどうなんだ?ってことです。
知り合いのお店をたまにお手伝いする関係でその辺りの話を伺ったり、その場に立ち会ったりする機会があるのですが、酷いですよ、実際。
スポンサーになってくれた所に公演終了の挨拶がないのは序の口、公演終了後にチラシの回収はしない、ポスターも回収しない、招待券をもらったはいいが実際に伺うと席がないと言われ入場出来なかった等など。
貰うもん貰ったら後は用無しデスカ、ソウデスカ。
次回に続くよ。
コミセン夢千夜市民演劇第二章〜サンクチュアリB公演〜を見た感想っす。
A公演の時の感想はこちら↓
「コミセン夢千夜 市民演劇第二章サンクチュアリ【A公演】を見てきました。〜これで前売り1,000円は安い〜」
というわけで見てきました。B公演。

前回のA公演のあまりの質の良さにもう一度見たくなって訪れたB公演なのですが…う〜ん。
正直あんまり私の心には響かなかったかな…うん。
あのA公演は恐ろしいほどに心に響いたのにB公演ではあんまり響かなかったのはなんでだろう…内容を思い出しながら頭をひねったのよね。
なんでだろう〜なんでだろう〜

↑私の脳内イメージ
とまぁ、流行から外れまくってる脳内会議の結果ですね。
私の出した結論ってのが、
B公演の役者がサンクチュアリという『意識分散型の芝居』に向いてなかった
んじゃないかというものです。
その代表的なものが、芝居中、若者コンビが出てるシーンなんですよ。
若者コンビが傷ついた雛を拾ってきて様々な知らなかった現実(雛は拾ってはいけない、人間の匂いがついたので巣に戻すのはムリなど)を突きつけられて激昂するシーンがあるんですけど、A公演でやられてた方と比較するとB公演の方は「演じること」を意識しすぎているような気がしたのよね。
キツイ言い方をするならば「段取り芝居」をしてる。
このシーンで怒らなければいけないから怒る。
このシーンでうっとおしがらなくてはいけないからうっとおしがる。
私には登場人物の気持ち的に自然な流れで取る行動ではなくて、上記のような「芝居で必要な行動だから取る」ように見えてしまったのよ。
あと多分この役者さん、タバコを吸ったことがないのか、タバコの取扱いがやたら不自然だったのも惜しいところ。
このサンクチュアリという意識分散型の芝居において、一番私が大事だと思うのは「自然な世界観をくずさないこと」だと思うのです。自然な会話を観客に「観察」させることが目的なのですから、観客が「あ、こいつ演じてるな」と感じさせてしまうような「リアリティの無い演技」は致命傷になりかねないと思ったり。
実際私の場合、若者の不自然さに一気に現実に戻されたような感覚になってしまいましたから。
A公演の方々の調和ぶりからするとB公演は調和が少なかったように感じました。それは観客がその世界に没入できる深度に直結します。
そういう意味でB公演にはのめりこみにくかったと言えます。
でもこれってプロ野球とかでもそうですよね。
4番バッターばっかしそろえたらいいかと言われたらそうでもなくて。
一番肝心なのが「完成度を高くするために必要なタレントを揃える」ことなんですよね。
芝居が上手な役者だけを集めてもイイ舞台には直結しない、演出の持つ世界観を「理解」した役者による調和がいい舞台を作る要因なのだと改めて感じました、私。
ストーリー関連、座席位置の違いに対しての私見に関してはまた後日。
来年市民演劇やるのかなぁ…やってほしいなぁ、うへ。
「コミセン夢千夜 市民演劇第二章サンクチュアリ【A公演】を見てきました。〜これで前売り1,000円は安い〜」
というわけで見てきました。B公演。

前回のA公演のあまりの質の良さにもう一度見たくなって訪れたB公演なのですが…う〜ん。
正直あんまり私の心には響かなかったかな…うん。
あのA公演は恐ろしいほどに心に響いたのにB公演ではあんまり響かなかったのはなんでだろう…内容を思い出しながら頭をひねったのよね。
なんでだろう〜なんでだろう〜

↑私の脳内イメージ
とまぁ、流行から外れまくってる脳内会議の結果ですね。
私の出した結論ってのが、
B公演の役者がサンクチュアリという『意識分散型の芝居』に向いてなかった
んじゃないかというものです。
その代表的なものが、芝居中、若者コンビが出てるシーンなんですよ。
若者コンビが傷ついた雛を拾ってきて様々な知らなかった現実(雛は拾ってはいけない、人間の匂いがついたので巣に戻すのはムリなど)を突きつけられて激昂するシーンがあるんですけど、A公演でやられてた方と比較するとB公演の方は「演じること」を意識しすぎているような気がしたのよね。
キツイ言い方をするならば「段取り芝居」をしてる。
このシーンで怒らなければいけないから怒る。
このシーンでうっとおしがらなくてはいけないからうっとおしがる。
私には登場人物の気持ち的に自然な流れで取る行動ではなくて、上記のような「芝居で必要な行動だから取る」ように見えてしまったのよ。
あと多分この役者さん、タバコを吸ったことがないのか、タバコの取扱いがやたら不自然だったのも惜しいところ。
このサンクチュアリという意識分散型の芝居において、一番私が大事だと思うのは「自然な世界観をくずさないこと」だと思うのです。自然な会話を観客に「観察」させることが目的なのですから、観客が「あ、こいつ演じてるな」と感じさせてしまうような「リアリティの無い演技」は致命傷になりかねないと思ったり。
実際私の場合、若者の不自然さに一気に現実に戻されたような感覚になってしまいましたから。
A公演の方々の調和ぶりからするとB公演は調和が少なかったように感じました。それは観客がその世界に没入できる深度に直結します。
そういう意味でB公演にはのめりこみにくかったと言えます。
でもこれってプロ野球とかでもそうですよね。
4番バッターばっかしそろえたらいいかと言われたらそうでもなくて。
一番肝心なのが「完成度を高くするために必要なタレントを揃える」ことなんですよね。
芝居が上手な役者だけを集めてもイイ舞台には直結しない、演出の持つ世界観を「理解」した役者による調和がいい舞台を作る要因なのだと改めて感じました、私。
ストーリー関連、座席位置の違いに対しての私見に関してはまた後日。
来年市民演劇やるのかなぁ…やってほしいなぁ、うへ。
地方の表現世界は狭いからこそ気をつけたいこと。
「少女ファイト2巻より」
私…昔勝手な思い込みで辛かった時期があるので…
(中略)
本人だって分かってない場合があるんですから
人からのまた聞きなんてもっと当てになりませんよ
だから私は手触りがないものはあまり信じません。
…引用終了。
私が観劇に限らず表現を見る際に気をつけたいと思っているのが「先入観をどれだけ除外できるか」という点です。
もっと踏み込んだ言い方をするならば「表現を見る際に障害となり得る要因を出来る限り排除する」ということです。
イメージだけで食わず嫌いを起して見なかった表現がどれだけあるか。
表現者の表現を見るより先に、その人となりだけで判断することの如何に多いことか。
伝聞や評判が一様に嘘だとは思いません、思いませんがそれに振り回された挙句、見ないで判断することはしないようにしたいと思ったり。
地方の世間は狭いです。特に表現の世界においては。
関わっていない私にさえ、聞こえてくるのですから相当な狭さだということが想像できます。
今も様々なウワサが飛び交ってます。決していいものばかりではありません。
その中に本当のこともあるのでしょう。
でも、でもね、それが表現にどれだけ関係あるのかっていうと実のトコロ、「表現そのもの」のウワサじゃなくて「その人となり」の部分のウワサが多いのよね。
…こんなウワサに振り回されてる内は表現に知り合いフィルタをかけてみることを避けてる意味がねっす。
自戒だ、自戒。
私…昔勝手な思い込みで辛かった時期があるので…
(中略)
本人だって分かってない場合があるんですから
人からのまた聞きなんてもっと当てになりませんよ
だから私は手触りがないものはあまり信じません。
…引用終了。
私が観劇に限らず表現を見る際に気をつけたいと思っているのが「先入観をどれだけ除外できるか」という点です。
もっと踏み込んだ言い方をするならば「表現を見る際に障害となり得る要因を出来る限り排除する」ということです。
イメージだけで食わず嫌いを起して見なかった表現がどれだけあるか。
表現者の表現を見るより先に、その人となりだけで判断することの如何に多いことか。
伝聞や評判が一様に嘘だとは思いません、思いませんがそれに振り回された挙句、見ないで判断することはしないようにしたいと思ったり。
地方の世間は狭いです。特に表現の世界においては。
関わっていない私にさえ、聞こえてくるのですから相当な狭さだということが想像できます。
今も様々なウワサが飛び交ってます。決していいものばかりではありません。
その中に本当のこともあるのでしょう。
でも、でもね、それが表現にどれだけ関係あるのかっていうと実のトコロ、「表現そのもの」のウワサじゃなくて「その人となり」の部分のウワサが多いのよね。
…こんなウワサに振り回されてる内は表現に知り合いフィルタをかけてみることを避けてる意味がねっす。
自戒だ、自戒。


